齋藤貴弘『ルールメイキング ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』 を読んで
どうせ当たり障りのないことしか書いてないんじゃないの?と疑いつつ読んでみたら、もの凄く具体的に、固有名詞も出して書いてあり驚いた。「クラブ」でなく「ダンス」にした理由など、いいの?ってくらい手の内も明かしてある。本著でもブレずにオープンプロセスを実践しておられる。
風営法改正
青山『蜂』の摘発やDOMMUNEでNOON裁判のことを知り、風営法改正のことは素人にしてはかなり熱心に調べたことがある。風営法自体と各都道府県の関連条例の条文、警察庁の公文書、国会の議事録、風営法改正に関わった方のブログ、インターネットでアクセスできるものは片っ端から読んで理解に努め、人にも伝えるためブログも書いた。
DJが5分で読む風営法
クラブの音止めは早朝何時? 風営法 特定遊興
ダンスはなぜ今も風営法でも規制されているのか
どう頑張っても調べきれないことがあったが(そりゃそうだ。秋元議員と齋藤弁護士のやりとりなんて、公にはならないのだから。)、本著により欠けていたピースが埋まり、事象の因果関係が繋がって、個人的にはとてもすっきりした。(青字は今回追加した部分。)
齋藤貴弘弁護士
齋藤弁護士はミュージシャンでもいらしたのは知っていたが、学歴も職歴もなく起業も思いつかなかったから司法試験にチャレンジされたとは知らなかった。固定観念に捉われない性格を表しているようなエピソードで面白い。新しいルールの可用性を検証するために、行政書士の資格まで取り、実際に業務を回してみる。風呂敷を広げっぱなしで逃げるコンサルと違って、PDCAまで回す。そこまでする方は見たことがない。
ルールメイキングの進め方
私は企業内の今までの仕事のやり方を変えて、新しいやり方(ルール)を考えるという仕事をしていたことがある(その仕事が大好きだった。)。ステークホルダーをきちんと巻き込んでおかないと施行段階で問題が生じるし、オープンプロセスで進めることで、施行前に詳しい人がアドバイスをくれたり施行後の反発も起きにくい。でも皆勝手なこと言うし、妥協点なんてそんな簡単に見つからないし、できれば意見を聞かずに進めたくなるもの。きちんとステークホルダーを巻き込んで、オープンプロセスで進めるというのは理想的だけれど、風営法改正でそれをやるのは、きっと想像を絶する大変さがあっただろう。
そして、主体性をもって取り組むことの強さ。齋藤弁護士は自分事(じぶんごと)として関わったことで、熱意が伝わり訴求効果も大きかったのではないか。他人事のコンサルや行政関係者を見てきたからそう思う。
タブーを外から破ったというのも、共感した。箱の人でもないDJでもない自分が、なぜクラブのことを書いているか。中の人は利害関係があって、干されるから何も言えない。だったら匿名で、たとえ身バレしてもクラブ行くのをやめればいいだけの私が書こうと。それとクラブ業界の中の人は、それが当たり前になってしまっているから、疑問にも思わないというのもある。一般の人からすると、時代遅れだし、非効率なことでも。時にそれが良かったり正しかったりもすることもあるのだけど。
ロビイングについては、確かに資金力のある大企業や組織が陳情するものと認識していたが、本著を読み、決して簡単ではないけれど、もう少し身近で民主的にもできるものだと思えた。
風営法改正運動の風化
本著ではさほど感情的には書かれていないが、高額の報酬があったわけではないだろうに、数年にわたる先の見えない地道な活動の様子から苦労が伝わってくる。風営法改正からまだ4年も経ってなくて、青山『蜂』の摘発もあったのに、クラブ関係者は風営法改正のこと忘れているように見える。そして風営法を、あまりも知らない。政治批判には熱心でも、自分たちの仕事に直結する法規制や国の施策について、興味がないみたい。摘発されないと向き合えないのだろうかと思ってしまう。「薬物の使用や売買を発見しても、違法営業しているから警察に通報できない。適法に営業できるようにして、警察との連携を強化する。」と反対勢を説得し、風営法を改正した。「薬物や反社とは手を切ります。自主的に規制します。」と言って、規制緩和である風営法改正が実現したということでしょう。ダースレイダーさんが、以前少しだけ言及してくれたことがあったけど、先に改正に向けて動いていた社交ダンスや競技ダンスの人たちに、最後の最後でナイトクラブ勢は後乗りさせてもらった。以下、本著より引用。
ダンススポーツ連盟およびその関係者から短期間で約4万筆もの署名が集まった。これにより一気に目標の10万筆を超えることができたのである。ダンススポーツ連盟が協力してくれたのは署名集めだけではない。長らく法改正に向けて活動してきたため政治との強固なネットワークを有しており、そのネットワークをシェアしてくれた。
それなのに自主規制どころか、薬物犯罪には甘い、女性差別はする、性被害に対応しないどころか逆にスタッフがセクハラする、クラバー(客)が署名運動してやっとクラブ側が動く。薬物撲滅キャンペーンの仕事をしたラッパーを非難する。女性差別に声を上げた女性を、人気ラッパーが「クソフェミニスト」呼ばわり。クラブはそういうところ、HIPHOPはそういう文化という論理。一緒に改正に動いてくれた社交ダンスや競技ダンスの人たちは、どう思っているのだろう。ギャル付けとか、DJ協会つぶすとか言ってマウントするより、公に「職業はDJです。」と言えるようになった風営法改正の経緯を、次の世代に伝えていく義務があるのでは。ビジネスモデルが古いからなのに、いつまでも風営法や若者のせいにしてばかり。
警察署長からクラブの話を聴くと、手入れをすると足元に残っているのは危険ドラッグの袋ばかりだという。
六本木のクラブから客が出てきて、例えば西口公園とかで大麻を吸っている者に遭遇している
クラブ閉店後に店を出た客について、我々の地域は深夜に営業するお店はそんなに多くなくて、クラブの客以外は夜中にはいない。クラブが早朝5時、6時に閉店すると、400 人から500 人を超える酔客が、小さな三角公園と呼ばれる公園にたまり、近所のコンビニで買ってきた酒の缶やビンを公園中にまき散らす。ものすごい状態になる。人工池があるが、そこに小便はする。それから花壇。花の手入れをせっかくしているのに、そこに空き缶や空き瓶をポンポン放って、もう荒れ放題になってしまう。ゲロを吐かれる。これが私の家でも、実際目の前で、この5年間で数十回はあったと思う。近隣の方も同じようなことを言っている。酔った若者同士のけんかや、中には、徐行しているタクシーのボンネットに飛び乗って、そこから更に屋根に飛び乗って、そういう事案が何件かあった。あと、夜中というか早朝に、看板とか家の前にあるプランター、シャッターを蹴ってへこませる、停めてある自転車を順番になぎ倒す、落書きをして回る。そういう中で、平成22 年1月には、クラブ客の大学生が路上で暴行されて死亡する事件があった。
今で言う危険ドラッグの問題。当時、クラブは20~30 軒あったが、危険ドラッグを扱う店もやはり20 軒ぐらいあった。クラブの数が減って、危険ドラッグの店が正比例して減っていっている。今、クラブは4~6軒あるが、危険ドラッグの店が4軒というふうに、うちの地域では正比例して減っている。今思うと、危険ドラッグの走りの頃だったと思うが、結局、クラブの客が目当ての危険ドラッグの店だったと認識できる。危険ドラッグの吸引をして、昼日中に車道の真ん中で倒れてしまう人が何人もおられた。すごい危険なんだけれども、御堂筋の真ん中でバタッと倒れてみたり、そんな人もおられたんで、危険ドラッグの店も減って、多少よかったなと思う。
ナイトタイムエコノミー
本著後半のナイトタイムエコノミーについて思うことは、以下のエントリで書いた通り。
2020年を目前にナイトエコノミーを巡る国の動き
ナイトタイムエコノミーを巡る国の動き 2019年まとめ
国のナイトタイムエコノミー施策に対する提言
東京ローカルの小箱や若手DJを巻き込まず、クローズドで進めてしまっていて、失望している。本著には、以下のような元Night MayorのMirik Milan氏の話として書いてあるのに。
行政が上から目線で民間にアプローチをしてもうまくいかない。現場のシーンをつくっているのはローカルのミュージシャンやアーティストのクリエイティビティである。彼ら彼女ら抜きで夜間活用政策の話をしてもただの机上の空論になる。
171頁の小見出し「ロンドンのナイトツァー」は「ツアー」誤植ですかね。
先輩から学ばなくても
他国のクラブ事情を学ぶのも大事だけど、先人がどうやってダンスと"DJを職業とする"自由を勝ち取ってきたかを、知っておいてもらいたいな。日本のナイトクラブの将来を考える上で、役に立つ内容でもある。本当は、実際風営法改正に関わった先輩方が伝えるのが一番だけど。