国境を越えて伝わるミュージックビデオ

前回のエントリ「海外進出するためのミュージックビデオを考える」で<日本人アーティストが海外進出するときのMVの作り方>を挙げた。実際に海外で再生数が多く外国人の私でも楽しめたMVと、それに似ていてよくできた日本のMV、その実例を見てみる。

<日本人アーティストが海外進出するときのMVの作り方>
 -(言葉での説明無しに)映像だけで伝わる
 -(言葉の意味を知らなくても)言葉の響きが面白い
 -  真似したくなる振り付けや衣装
 -  日本らしさ、個性、独自性
 -  歌詞と字幕(広告と重ならない)
 -  売れたい国に対するカスタマイズ

①庶民の酒場と表情

LITTLE BIG — I'M OK (ロシア)


この曲はたまたま英語だが、音を消して映像だけでもストーリーがわかる。主役でボーカルののIlya Prusikin (Илья Прусикин)はしぐさだけでなく、顔芸というかコメディアンのように表情で伝えてくる。ロシア人あるあるを風刺したものらしいが、酔っ払いは万国共通。酔い過ぎて超絶美人に錯覚してしまう様子も実写で再現。ありふれた酒場ではあるが、カット数がとても多いので飽きずに最後まで見てしまう。"I'M OK"という超簡単な英語の繰り返しなので、非英語圏でも口ずさめる。ロシアや近隣国でも長くMVチャートの上位を維持している。

岡崎体育 - 割る!


対する日本。さすがMV研究家。日本独自の酒場、スナック。スーツの男性は、海外の人がイメージする日本人の姿。JINROは韓国だが、ロシアがウォッカなら、日本韓国は焼酎。サビの「割る! 」の繰り返しは振り付けとセットになっていて、リズムもメロディも乗れて覚えやすい。子供でもマネできる。日本人にしては大げさくらいの顔の表情での表現。めちゃくちゃ韻を踏むから、音で楽しめる。例えば、「(業績は)低迷」「酩酊」「メーデー」「ええでぇ」。「チビチビ」「グビグビ」とか擬態語や擬音語は、外国人にもなんとなく伝わることもあるし、リズムが出て音も楽しめる。そして日本の食文化、お酒にキュウリや魚をつっこむのは、海外の人にとって興味深いのでは。

②故郷と独自性

Alina Pash - Bitanga (ウクライナ


ウクライナの"水曜日のカンパネラ"みたいな曲。(Alina Pashは独創性があってこだわりも強く、経歴も面白い方なのでまた別のエントリで書く予定。)このMVはAlina Pashの故郷、ウクライナの西の端で南に位置するTyachivs'kyi地区(Тячівського району) Bushtyno (Буштино)で撮影された。タイトルのBitangaはお金持ちからお金を盗み貧しい人々を守る、この地方のヒーロー。Alinaの祖先。壮大な田舎の風景とビビッドなファッションが妙に溶け込んでいる。

視聴数にそれほど鋭く反応しないことを勧める。多くの紆余曲折があることを理解する必要がある。私たちは意図的にプロモーションに投資しなかった。誰が私に耳を傾けるのかを理解するために、本当の聴き手を知りたかった。その当時、女性のヒップホップ歌手はいなかったので、私たちは投資せずニッチを独占した。我々は聴き手を研究しなければならなかった。

私たちは常に西洋音楽をコピーする必要はないと思う。あなたの音楽を作りましょう。我々の国は非常に若いので、多くのクリエイティブなニッチ(な市場)がある。

引用元:Бітанґа: Аліна Паш про дебютний альбом, "лайки" та хайп
プロモーションに投資して視聴数を稼ぐのではなく、市場をよく研究し、競争相手のいないところで独自性で戦えということですかね。

SUSHIBOYS - なんでもできる

SUSHIBOYSのMVに出てくる彼らの故郷 越生町の風景はとても美しい。故郷の山の上、身長より高いススキに囲まれてラップ。「羊TRAP」では羊と戯れている。先に紹介したウクライナのMVと共通点が多い。海外の人からすると、こういった何でもない日本の美しい景色は、ハリウッドよりも魅力を感じるはず。そこで暮らす若者が、自分たちのことをラップしている。特に有名な人気の名所も文化芸術を育む施設もない田舎で腐らず、ダンボルギーニというアイディアだとか、あんなポジティブなラップとMVを産み出した。高校生の頃から遊びでYouTuberみたいなことをしながら、体感的にニーズを感じ取り、都会の人は持っていない自分たちにしかない独自性が強みだと気付いたのではないだろうか。

今は、10代の女の子が自分で作詞作曲プロデュースもして、音楽メディアのフィルターを通さず、直接同世代の聴き手に自分の音楽を届けることができる。国境さえも超えて。同時に聴き手も、インターネットやYouTubeのおかげで音楽メディアではじかれることなく、自分の感性にピタリとくる、遠い言葉の通じない国の音楽と映像を楽しむことができる。日本に限らず音楽業界は、おじさんの有名プロデューサーが、歌がうまくて美人の若い子に曲を書いて歌わせ、おじさんの音楽番組プロデューサーがの出演者を選び、おじさんの音楽批評家が批評している。(中高年男性を敵視しているのではない。ロックバンドに熱狂しBillie EilishやROSALÍAの良さがピンと来ない人が、それらを並べてフラットに扱うのは難しい。)音楽業界の多くは、中年の男性が決定権を持っている。

日本のコンテストは、参加者が研究し過ぎて審査員受けする最適化を極めた結果、皆同じになってしまっていないだろうか。ファイナリストを集めた写真は、皆驚くほど同じような見た目で、没個性でぞっとする。人と違うものを選ぶこと、人と違う生き方をすることに、誇りを持てる。そういう風潮になれば独創性があって面白いアーティストがもっと出てくると思う。

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