朝霧に消える亡霊 Sakuma (Modest) , Phew

洋服選びも色・形・素材・フィット感など全て自分の好みに合うものに出会うことは少ないし、だからこそ出会えた時の喜びは大きい。「ツボにはまる」という表現もあるが、他の誰とも違う自分の嗜好がデコボコとした凹凸だとして、そこにしっくりなじむDJミックスを見つけたときの驚きと嬉しさと言ったら。これだからdigは止められない。
Sakumaさんは何でフォローしたか覚えていないけれど、DJ Nobuさんのイベントに出演されているからミックスをチェックしてたんじゃないかと思う。隅々までは聴いていなかったけれど、地味でわかりやすい特徴がないので、"他の人にはできないSakumaさんだからできるDJ"が何なのか上手く見出せていなかった。でもフォローしたままにしておいて良かった。
先日のruralでのSakumaさんのミックス。ruralとは、野沢温泉のスタカ湖で行われる「4日間…69時間ものあいだ音を止めずに連続でテクノを聞いて踊り続ける」音楽フェス。


1曲目、何だこの曲は。マイクのハウリング、うめき声、怪談話を語るような生気のない声。だがお化け屋敷のような安っぽさではなく、廃墟のようなリアルさと気高い亡霊のような深みがある。「もちろん...名前も...知りま...せん」ココですわ。音の置き方もデザインであれば、無音の"間"もデザイン。建物も柱と壁の位置を考えるとき、空間をデザインしている。その感覚に近い。私は間(無音)の美しさに心惹かれるんだ。海外の音楽アーティストが、日本の古いレコードからナレーションをサンプリングでもした曲かと思ったら、日本の方だった。
Phew「Voice Hardcore」より 「 Just A Familiar Face | Phew 顔だけ知っている人」

制作する直接のきっかけになったのは、今年のツアー中に体調を崩したことです。重い機材を運べない、セッティングをするのも困難な中で、自分の身体一つで音楽をつくれるだろうかと思いました。

『Voice Hardcore』は今年の夏、彼女の自室にて、普段ライヴで使用しているエフェクターとヘッドセット・マイクで録音され、3日間、延時間にして8時間前後で完成。ミックスとマスタリングは、”録音時の不要なノイズを取り、時にそのノイズを生かしながら”

引用元:RA:  Phewがニューアルバム『Voice Hardcore』を発表

そんな制約から生まれた音楽だとは思いもよらなかった。なんて創造的でかっこいい方なんだろう。こういう音楽家が日本にいらっしゃるんだな。経歴も、パンクロッカーとして音楽のキャリアを始め、坂本龍一とのコラボなど、面白くてすごい方だった。ノイズ・アヴァンギャルド・ハードコアとつく音楽は敬遠しているので、Sakumaさんのミックスに入っていなかったら一生聴くこともなかっただろう。「Voice Hardcore」をアルバムで聴こうとしてみたが厳しかった。「テクノでござい」として売っていない音楽を、何気なく滑り込ませて魅力的に聴かせることができる。やはり私はそれがDJの実力だと思う。

 朝7時半しょっぱなからこれを流すのはかなり大胆。夜中真っ暗な森の中でも聴いてみたいが、朝靄がかかる湖畔で聴くのも幻想的だっただろう。テントを立てられるようになり、3日間キャンプする体力をつけ、一緒に行ける友達を作るのはハードルが高いが体験してみたくなった。
1曲目でおどろおどろしい雰囲気が出来上がっているので、その印象のまま2曲目が聴ける。早い音で興奮できる人が多いようだが、私はこのBPMでサンクラのこの曲線のようにジワジワ上げてこられると高まる。20:00あたりからの息を吸う音が入った曲。Sakumaさんはこういう曲は使わないイメージを勝手に持ってしまっていた。
いつも通り全曲Shazamしてセットリスト作ってやるぜ!と意気込んだけど、聴くと落ち着いて集中力が上がり作業がはかどるし、気持ちよくなってリラックスできるし、繋ぎがきれい過ぎて繋ぎ目見極めようとすると疲れるし、曲名検索してもひっかからないし、もう諦めて身を任せることにした。おそらくBPMに変化があることで飽きさせないことや、声が入っていたりSakumaさんの他のミックスより少し華やかなこともあって自分の好みにしっくりきたのだと思う。コンクリートの暗い地下に鳴り響かせたいような低い怪しい音のパートも好きだ。
Sakumaさんによって生み出された世界にどっぷり浸れるので、1時間半があっという間。着心地のよい服はついつい選んでそればかり着てしまうように、気が付けばまた再生している。そして着るたびに良さがわかる。

Copyright © 電子計算機舞踏音楽 All Rights Reserved.