Awich『Shook Shook』まさか女が来るとは

洗脳

2020年上半期ベストに、Awich『洗脳』は入れなかった。リリック・メロディー・歌唱表現・ミュージックビデオ、その観点だけで言えば、該当すること間違いない。普段HIPHOPを聴かない層の反応も多々目撃した。解釈の幅があり、自分の解釈で共感でき、且つリスナーに考えさせるようなリリック。Awichさんのラップと演技力。「バカばっかだ全く」は、一度聴けば耳から離れない。モノトーンの映像表現、レトロなヤクザ映画風のMV。タイトルは漢字。日本人アーティストが海外に訴求するには、ルーツを生かし、日本のオリジナリティを押し出すべきと考えているので、まさにこれはお手本。(私が残念だと思う海外進出事例、星野源『Same Thing 』の正反対)。ただ、海外だと子供が性的描写の映像を目にしないような制限や自主規制が強いから、国外市場も意識するのであれば、あのシーンは挟まないか、ほのめかす映像にするか、最初に注意書きを入れておくと良かったと思う。
作品として間違いないが、これを自分のベストとして選ぶことに対し、何かがつっかえていた。日本のHIPHOPファン層を喜ばせる、マジョリティーに迎合している、そんな気がした。腹落ちしないままだったので外した。

セクハラ

m-flo Taku TakahashiさんによるAwichインタビュー

Taku Takahashi:それが"男の悪夢"なのね(笑)。何で言われてるのかなとか、男子たちは恐怖だから。でも「男は顔じゃない。優しさと勇気だよ」って言ってたじゃないですか。そこグッときたんだけど。「ワンチャンあるかな、俺」とか思いながら(笑)。

Awich:あはは!夢がある話でしょ?

Awichインタビュー “弱さ”という毒をも食らう孔雀に。 | block.fm

Taku Takahashiさんが、本当にAwichさん狙ってるとは思わないし、そうだったら公共の電波で言わないだろう。だとしても、キツい。例えば、若くてイケメンラッパーに、渡辺志保さんが「ワンチャンあるかな、アタシ」と言ったとしたらどうだろうか。「は?キモ。」と返したっていいくらいの失礼な発言だ。今後若い女性ラッパーがそう返したら、「Awichは笑って聞き流したのに、大人げないな。」と言われてしまうかもしれない。

1月のフリースタイルダンジョンでのK Dub Shineさんのセクハラ騒動は、HIPHOP業界以外も巻き込んで議論になった。他と比べ、女性蔑視をする人が圧倒的に多く、女性でもセクハラを容認する人が多いHIPHOP業界において、抗議する女性ラッパーの立場は弱く、HIPHOP業界以外の人も援護した。
フリースタイル界隈に限った問題だったとしても、セクハラに抗議する女性がこれだけラッパーから攻撃されていて、HIPHOP業界以外の人も援護しているのに、Awichさん、スルーですか?と少し思っていた。SNS上での論争に参加しないのかとか、そういう意味ではなく。Black Lives Matterは、Awichさんにとっては特に他人事ではない。国内のHIPHOP界隈の女性差別だって、広義で言えば身内のことなのに、見て見ぬふりなのかと。
売れて結果を出せば認められるし、発言も影響力も得られる。でもそのためには、男性社会である日本のHIPHOP業界やそのファン層に、受け入れられなければいけない。Awichさんも、結局名誉男性的なポジションなのかなと思った。

まさか女が来るとは

そう思っていたところに、『Shook Shook』のリリース。リリックの出だしは、「まさか女が来るとは」。

湯気が立つような男気ムンムンのフェスで、名立たるラッパーの後のトリがAwichさんだった。大きなフェスなので、Awichさんのことを知らない人もいて、ヘッドライナーにオンナが出てきたことに驚かれている空気を感じ取った。それをリリックのトップにもってきて、そこから掘り下げた曲。

Awichさんはこのテーマはやらないと思っていたので驚き。主張をこういう作品として表現できるところが、やはり本物のアーティスト。そして、このテーマでありながら男性にかっこいいと思わせている。一般的にこのテーマで女性の支持を得ることは比較的難しくないが、Awichさんと言えど「まさか女が来るとは」とわかりやすく前面に出して、それでもHIPHOPが好きな男性に受け入れられてすごい。渡辺志保さんのインタビュー後半、『awake』の作詞過程について、最初難しい言葉を並べた歌詞だったが、「言いたいことはわかるけど、伝わらない可能性がある」とChaki Zuluさんに言われ、今回初めてBlack Lives Matterのことを考え始めた人にも伝わるような平易な言葉に置き換えたと話されている。伝わるために、多様な視点を柔軟に取り入れているのが良いなと思った。きっと『Shook Shook』も、男性と女性の視点や意見が取り込まれているから、性別関係なく魅了するのではないかと思う。

Awichさんが「男になりたい訳じゃないから」女性らしさも失わず大事にするようなことを話されていて、自分の過去を思い出したり、考えを巡らせた。
日本の会社は男性社会で、男性の価値観でできているから、沽券に関わるとか知識マウントとか、女性からすると、なんでそんな無駄で面倒くさいことをするんだと感じる。それを変えるには、女である自分が上に上がっていかなくてはいけない。男性に認められるよう男性と同じように働いて振舞えば、可愛げがないとか意地悪され、言われた通り女性らしくしたらオンナを使ってると言われた。セクハラに抗議したら「これだから女は面倒くさい。冗談も通じない。」と言われ、笑って受け流したら嬉しそうに喜んでたと言われた。頑張ったって、そんな簡単に上手くはいかない。化粧品会社が使いがちな、女性性をうまく使いながら男性社会で生きる「しなやかに生きる女性」みたいな言葉に、随分と苦しめられた。
何が正解だったかは、未だにわからない。だけど、せめて自分自身が、女性性を受け止めてあげられていたら、楽だったかもしれない。そんなことを考えた。

何が正しいか

『Shook Shook』の最後に、イタリアの思想家Niccolò Machiavelliの言葉が表示される。
Hatred is gained as much by good works as by evil.
(憎しみは、悪行と同様に、善行によっても増す。)
Awichさんの意図かはわからないが、女性として正しいと思うことをして成功しても嫉まれることがあるという意味かもしれないと、私は解釈した。同時に、自分にとっての善行が、誰かにとっての悪行であるという意味もあるような気がした。渡辺志保さんのインタビューの後半、「何が正しいとか、何が間違ってるっていう話になると、きりがなくなっちゃうんですよね。」と言っている。ラップやHIPHOPのルーツを知らずにそれでお金を稼ぐのは浅いと思うが、深く考えず今だけを生きるという考えも、間違ってるとは言えない。いろんな生き方や人間の在り方を想像できるように人間はできているとも話している。自分とは正反対の価値観も尊重する、難しいことだが、それを意識して実践している人だと思った。

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