Yang Fudong (楊福東) The Coloured Sky: New Women II

前日の藝大主催のシンポジウムは、残念な内容。口直し的な感じで、表参道ヒルズへ、とある展示を見に行く。そう言えば、ルイ・ヴィトンのアートスペースがあったことを思い出し、ほんのついでに行ってみた。事前に軽く読んだ説明に、没入感が感じられるインスタレーションとある。前日に22.2マルチチャンネル音響システムで、十分な立体感を感じられなかったこともあり、映像投影で没入感など感じられるわけがないと、全く期待していなかった。

f:id:senotic:20171126005936j:plainYang Fudong(楊福東)
The Coloured Sky: New Women II (採色天空:新女性II)

アートスペースは、普段は、自然光が入る、ガラス張りの高さのあるホールのようだが、隙間なく黒い壁で覆われ、一切の外からの光が入らないよう遮断されている。床も黒いカーペットが敷き詰められ、映像だけが浮かび上がっている。プロジェクター5台がそれぞれ、スクリーン5面に、別の映像を映している。内1面のみ、横ではなく縦長。3面は、ホールの真ん中に向けて垂直になるよう、壁から角度をつけて配置されている。プロジェクターは、映写以外の余分な光が機材から出ないよう、黒い紙のようなもので覆われている。各スクリーンの両端下に、スピーカーが配置されている。縦長スクリーンのみ、スピーカーは1つのように見えたので、合計で9つ。

映像の内容は、明らかにスタジオセットとわかる海辺で、クラシックな水着を着たアジア系の女性モデルが動いたり、止まったりするのがメイン。女優のように表情は豊ではなく、高級ブランドの広告写真のように、感情がない無機質な表情や動きをしている。モデルの他に、馬が一頭と、鹿のはく製が一つ。なんだ、安っぽい映像じゃないか、最初はそう思った。大きなホールの真ん中に立ち、鑑賞し始めて数分、急に作品の世界に取り込まれた。まずは、音の効果だったと思う。他に誰もいなかったこともあり、9方向からの音を、雑音なく、まっすぐに浴びることができた。前日の22.2マルチチャンネルよりも、臨場感がある。次に映像、明らかにスタジオとわかる偽物のビーチで、はしゃぐモデルのフェイクさが、不気味さを帯び、不思議と惹かれていく。ふと視線を感じ、縦長のスクリーンに目をやると、生きて動く蛇を体にまいたモデルが、無表情にこちらをずっと見つめて立っている。映像だと理解していても、ふと振り返ったときに、自分の方向をじっと見つめているモデルと目が合うと、見つめられていたかのような気持ちになる。水の音がして目を向けると、馬が水を飲んでいる。カミナリのような音、笑い声など、音によって、いろいろなスクリーンに目を向けさせられる。ただ、5面、どれがメインということはなく、奇妙な映像が流れている。映像の中のスタジオには、ガラスの板が配置されていて、ガラスの透過、反射も効果的に使われている。ガラスに反射する鹿のはく製の映像は、どこかで見た抽象画のようだ。映像をどの瞬間を切り取っても絵画のような構図。後で作者が絵画を学んだことを知って、納得。発色のよいクラシックなデザインの水着と、淡い風景の色との組み合わせは品があり、ヴィトンやエルメスの広告写真のようだ。映像でありながら、モデルはしばしば長く静止している。呼吸に合わせ、腹部がわずかに動いたり、背景のテントの布が、風にたなびいていたりする。シネマグラフ(Cinemagraphs)のような違和感に、ついつい見入ってしまう。スタジオの映像以外にも、腐敗したチーズのようなもの、虫が這う葡萄などが挿入されている。説明にはなかったが、モデルが若さを、朽ちていく物が老いを表し、対比させているように受け取った。

気が付けば、ホールの真ん中に立ったまま、1時間半以上経過していた。約15分の作品ということは、約6回ということになる。しかし、後ろは見ることができないので、同時に見ることができるスクリーンは最大3面。瞬間瞬間に、どのスクリーンを見るかで印象も変わり、見る度に気づきがあったので、時間を忘れて見入ってしまった。

スクリーン1面だけでも大変なのに、5面のマルチスクリーンで、どのタイミングでどの映像と音を流すか、干渉と調和も考慮し、構成しなくてはいけない。しかも、鑑賞者は、5面のうち、いつどのスクリーンを向くのも自由なので、メインとサブという作りにはできない。インタビューによると、頭の中でイメージできているというのだから、すごい。

メイキングの動画では、チープな映像に見えるが、それが音響と合わせて、取り囲むマルチスクリーンに映し出されたとき、真ん中で感じることのできる没入感、忘れることのない作品の一つになった。