Pitchforkアルバムレビュー IC3PEAK 『До Свидания(さようなら) 』和訳

他人の評価は自分の音楽の選択に影響しないが、お気に入りのアーティストが評価されるのは、もちろん嬉しい。英語の記事もまだまだ少なく、どう評価されているのか気になって和訳してみた。ニュースの記事よりも訳し応えがあって、レビューの書き方も含め勉強になった。以下、和訳。

高度に様式化されたゴス マキシマリズム(最大限主義)で、警察の弾圧と国家の偽善を政治的に大胆に歌詞で表現する、ハイ コンセプトなモスクワの2人組は、今ロシアで最もエキサイティングなバンドの1つです。

2018年公開のミニドキュメンタリー『Let It All Burn』では、モスクワの2人組IC3PEAKが、ロシアVoronezh市でまさにライブをしようとしていたとき、衛生検査官と警察が食中毒の疑いで会場を封鎖するためにやってきます。疑惑の事件はバンドが街に到着する前日に起きているにもかかわらず、警察官はバンドとそのマネージャーに話をするよう要求します。最近障害となっているのは、全てのツアー箇所で政府高官による干渉に悩まされることです。クラブ店長が尋問されている間、サウンドエンジニアと2人組のマネージャーが、裏口からファンをこっそりと薄暗い部屋に入れ、そこでIC3PEAKのメンバーNastya KreslinaとNikolay Kostylevは、自分たちの歌 『Сказка(おとぎ話)』を歌い始めます。「私はロシアのホラー童話から来た/あんたがどこから来たかは関係ない」とKreslinaは吐き捨てます。「あんたの思い通りにはならない/あんたもいつか死ぬのよ」。短いセットの終わりには、かなりの人数の群衆、そのほとんどが会場に入れなかった人たちですが、寒い外で留まって、お気に入りのIC3PEAKの歌を合唱しました。KreslinaとKostylevも加わり、物議を醸したヒット曲 『Смерти Больше Нет (もう死ぬしかない)』を歌いました。この曲は「目に灯油を溜めている/全部燃やす、全部燃やす/ロシア中が私を監視している/全部燃やす、全部燃やす」で始まり、政府の怒りを買ったのかもしれません。警察の弾圧と国家の偽善についての政治的に大胆な歌詞と、断固とした高度に様式化されたゴス マキシマリズムを兼ね備えたIC3PEAKは、ロシアの若者と政府関係者の両方が知る、しばらくはロシアが生む最もエキサイティングなバンドの一つです。


(ライブ終わり、クラブの外で興奮が冷めやらぬファンがシンガロンしていていて、IC3PEAKも加わり一緒に歌う場面が熱い。クラブ関係者が公安と問答する場面もある。)

2人の最新アルバム 『До Свидания(さようなら) 』は 「暗くなっていく」というキャッチフレーズと共にリリースされました。最初の大ヒットが 『Sad Bitch』だったバンドにとって大変な挑戦です。しかし、『До Свидания』を配信しています。IC3PEAKの音楽は、時にEartheaterとDeli Girlsを掛け合わせたように聴こえ、しばしば同じ歌の中で、真っ黒な賛美歌と捻りの効いたクラブ・バンガーの間を揺れ動きます。Kreslinaは実際ゴシック童話から出てきたような存在であり、ある時は威嚇的な童謡を朗読する幽霊のような子供だったり、復讐に燃えるbanshee(アイルランドの民話に出てくる泣き叫ぶ姿をした妖精)だったりします。彼女のボーカルの引き出しには、煮えくり返るような囁き、オペラのような派手さ、凍えるような高音のファルセット、メロディックでラジオ向きのトップラインが備わっています。バンドがロシア語で歌うことも重要ですが、Kreslinaは違う言語を話す人にも彼らのメッセージが届くように、大げさに感情を表現します。Kreslinaは、YouTubeポップカルチャートーク番組『vDud』のインタビューで、スポーツジャーナリストのYury Dudに、こう語っています。「(我々の初期の曲では)世界共通言語のアイディアがあり、それは悲鳴という言語でした。」Kreslinaの悲鳴は、Kostylevの非の打ち所のないプロダクションと完璧に調和しています。タイミングの良いドロップ、ダンサブルで揺れるトラップビート、耳障りでインダストリアルな悲鳴、それらは彼らが最初の数年モスクワでのアンダーグラウンド バンカー レイヴで演奏したことから自然に進化したものですが、抑制された音の風景は、常に臨戦態勢です。かつてIC3PEAKはウィッチハウスの傘下にすっぽり収まっていましたが、彼らはその美学と鋭い政治意識を融合させることで一線を画しています。ポストコロニアル理論学者Achille Mbembeは、いかに国家権力が一部の命を使い捨てにしているかを議論するため、「necropolitics(壊死政治)」という言葉を造りました。こうして、「膨大な人々を、生きる屍上状態になるような生活条件にさらず、新しく特異的な社会的実存の形式である死の世界」を作りました。IC3PEAKは、汚れと血を口に含み、このすでに死んでいる立場を武器にして、黙らされ、抑圧され、殺されていた、独裁的な家父長制政権を困らせる主観を呼び起こします。

『До Свидания(さようなら) 』で、 IC3PEAKは引き続き政治的なテーマに触れています。元6ix9ineのソングライターZillaKamiを起用した 『TRRST』では、検閲を取り上げています。(「ママ、お前はテロリストだと言われたの(何で?)。何も悪いことをしていないのに、ブラックリストに載っている。」)『Марш(軍隊行進曲)』 では、民主主義の弾圧を扱っています。(「招いてもないのに彼らは私の家に侵入します/彼らの新しい言葉と新しい秩序で」)そして、『Плак-Плак (しくしく)』 では、2017年にロシアで非犯罪化された家庭内暴力を扱っています。「私はずっと良い子でした。私は悪くありません。(しくしく)/私は規則を守り、生涯「良い子」として生きてきました(しくしく)/私は泣き疲れました。苦しみ果てました。(しくしく)/とにかく、死ぬなんて思わないでしょう(しくしく)」。『Плак-Плак (しくしく)』 の映像では、Kreslinaの象徴的である三つ編みをした悲しそうな子供が、血の赤のジオラマを開き、(KreslinaとKostylevが演じる)彼女の両親(の形をした人形)の喧嘩ごっこをします。ただ、Kreslinaの人形が命を得て、自らの手で肉切り包丁により夫を殺め復習したときだけは怯えます。しかし、アルバムは、それ以上の普遍的なテーマ、孤独・裏切り・愛・死などで満たされています。影響度合いは様々ですが、それぞれのテーマは、等しく圧倒的なメロドラマにて扱われます。死のイメージと不吉なボルタに溢れています。(「あなたの屍にキスをする/友達だと思ってた/この山を抱きしめたい/地面に頭を埋めたい」)は、モールゴスのセンチメンタルさと原型的なブラックメタルを感じることができます。Kostylevが本当にやりたい放題するときは、The Body(メタルバンド)のように、心地よいこの世の終わりのような音になり、バラードに集中することによりヘビーな歌は影を薄めますが、それらは間違いなく注目すべきところです。

メタルとの親和性は歌詞にだけでなく、ロシアの森や残忍なディストピアの街並みを背景に、青白い肌・黒いフォーマルウェア・赤いアクセント(口紅、血)を強調した彩度の高い写真といった美学にもあります。IC3PEAKは常に自分たちをオーディオビジュアルプロジェクトとして構想しており、彼らの音楽に特徴を加えるハイコンセプトで比較的高予算のミュージックビデオと監督・制作し、視聴者を数百人まで伸ばしています。マルチプラットフォームでの露出のおかげで、海外にまで広がって届いています。ベルリンのCTMフェスティバルに出演したり、アメリカ・中国・ブラジルをツアーし、さらにはSkrillexの耳をも掴み、彼のセットに 『Sad Bitch』のリミックスをドロップしました。『До Свидания(さようなら) 』では、これまでにない数の特徴が彼らの成長の幅を示唆しています。ZillaKamiの紛れもなくガラガラ声のヴァースは最大の驚きですが、このアルバムにはロシア人ラッパーのHusky(自分の音楽のためにショーのキャンセルや投獄も経験している)や、SchemaposseのLil Peepの前の仲間である、フロリダのホラーコアラッパーGHOSTEMANEも参加しています。

「(歌詞)全部燃やす」を通して、IC3PEAKとそのファンの両方が、警察の干渉に動揺していないように見えます。これがまさに現実なのです。結局、国家の暴力について抽象的に歌うことと、それによって個人がターゲットにされることは別のことですが、しかし、その重みはまだ残り、『До Свидания(さようなら) 』を前のアルバムより、脆弱で悲しいトーンにします。しかし、このアルバムでの死に至る絶望と屍崇拝は、完全服従がもたらす精神の死を受け入れることを激しく拒絶していて、更に、国家権力が恐怖と沈黙を与えるときには、IC3PEAKは恐れを知らないと宣言しています。「あなたは私をMKAD(モスクワ環状道路)の向こう側に葬った/私に泥をかぶせた/私は地獄から這い出した/そしてあなたのために戻ってきた」。「мкАД(モスクワ環状道路)」の外れに、 Kreslinaが浮かび上がります。死のパワーさえ、完全に死なない人を押さえつけることはできません。

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