世界の音楽勢力図の変化 日本の音楽メディアはどこを目指すのか

小熊俊哉氏と若林恵氏のトーク、自分とは全く違う視点からの話で面白かった。

blkswn jukebox 2020 playback part 2

お二人の会話を聞いて、そこから考えたこと。

年間ベスト、チャートの変化

年間ベストにおけるジェンダーバランスのブログを書いてから、ちょうど1年経った。世界も日本も、音楽チャートはこの1年で大きく様変わりした。チャートを参考にした年間ベストは、ラテン音楽やKPOPの躍進に戸惑い、国内外問わずライターの人は困惑したのではないかと思う。年間ベストは、チャートと合わせる必要はないが、大きな割合を占めるラテン音楽とKPOPを無視する訳にはいかず、Bad BunnyとBTSを入れておけばいいかという姿勢が透けて見えた。それまでさほど話題にもしていなかったのに、年間ベストで唐突に組み込まれていた。果たしてそれらを本当に良いと思って選んでいるのか、価値を理解できているのか。

ラテンの躍進はとっくに始まっていた

私がラテン音楽にふれたのは、2019年のCoachella配信。多様性のあるラインナップで、そこから世界で今流行っている音楽に目を向け始めた。ラテン歌手は、2019年から既に大きなフェスに出演している。
2019年4月 Coachella : Bad Bunny、J Balvin 、Rosalía
2019年6月 Glastonbury : Rosalía
2019年7月 Tomorrowland : J Balvin
2019年8月 m-floがJ Balvinとコラボ

2019年最も視聴されたYouTubeのMV、トップ10の半分をラテン・ポップが占めている。

Youtube's most-viewed music videos of 2019 so far 

YouTubeスペイン語を話すアーティストの頼みの綱。 10年前海外市場に進出するのに英語で歌う必要があった。音楽自体が聴き手と繋がり、言語自体は二の次にあるようだ。

ラテン系アーティストはYouTube Billion view clubの30%以上。YouTubeで最も視聴されているトップ10アーティストはラテン系。これらの数字によりレコード会社の重役に海外アーティストと契約する価値があると説得できる。

Rosalía’s Incredible Journey From Flamenco to Megastardom - The New York Times

 Daddy Yankee, Stormzy and Billie Eilish are YouTube's most-watched of 2019 - BBC News

私がブログでAya Nakamuraを取り上げたのは、2019年7月。雑誌『ラティーナ』が取り上げたのは、2020年12月。
2020年の終わりに年間ストリーミングデータが公表され、ようやくラテンやKPOPが注目され始めたが、音楽メディアはそれらに注目し、魅力を日本国内に紹介してこなかったことについて、どう思っているのだろう。一時的な流行り?ラテンの人口が多いから?日本の音楽メディア読者層は、どうせ聴かない?

アメリカ中心、白人の中年男性がゲートキーパー

以前音楽はレコード業界のゲートキーパーによってキュレーションされていた。彼らは大抵中流階級の中年の白人男性だった。今は一般大衆によってキュレーションされている。

https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-48920365

 今までは、アメリカ中心のチャートが世界の流行とされ、メディアもそれを世界のトレンドとして広めてきた。また、そのアメリカやイギリスの音楽業界は、白人の中年男性が権威を持ち、その価値観で生成されてきた。ラテンやアジア・女性・クィアなどは、ずっと違和感を持ち続けてきた。ストリーミング・宅録SoundCloudYouTubeTikTokにより、白人中年男性中心の音楽業界の支配が及ばなくなり、数字は実態を反映しつつある。音楽が多様になったのではなく、元々音楽もニーズも多様であった。実態がようやく可視化されてきた。

チャートは実態、音楽の評価ではない

そもそも、昔から音楽チャートは人気の実態を表すものであり、音楽の評価とはイコールではなかった。メディアや音楽批評家がそれぞれの評価軸でジャッジすれば、年間ベストとセールスのチャートと一致するはずがない。チャートに影響されて、年間ベストを選んできてしまったことを認めるべきでは。これはプレイリストにも言える。音楽のプロであるはずの音楽メディアや批評家が、素人である大衆の好みが作り出すトレンドに影響されてきた。音楽チャートは売れ筋であり、音楽メディアや批評家に求められているのは、ソムリエが教える本当に旨いワインリストのようなプレイリストだと思う。

偏りを認識する

年間ベストで外すわけにはいかないラテンポップやKPOPについて、書ける人が身内のライターにはいない。他のメディアを参考にしながら、表面的な無難なことを書くしかない。そうやって書いたように見えた。
小熊俊哉氏と若林恵氏のトークの中で、もしグローバルチャートの上位をKPOPが占めるようになったらという例えがあった。既にラテンが上位を占めKPOPも入っているが、流行を理解できなくなり、価値を理解できない音楽がチャートを占めるようになった今、自分たちが選んできた音楽が実はマジョリティでもなかったことに気付いているだろうか。目を向けていたのは非常に限られた狭い範囲の音楽で、それだけしか取り上げて来なかったという認識はあるのだろうか。
ラテンがこれだけ来ている好機に、ジャズが主軸とは言え、中南米世界の音楽誌を謳っている『ラティーナ』がラテンポップの流行についていけておらず、プレゼンスを発揮できていない。ライターの方は、高齢の男性でジャズや民族音楽の愛好者がほとんどのようだから無理もない。
日本の音楽メディア業界の方は、日本の音楽メディアが扱う・カバーする範囲の狭さ、批評家・ライターの性別年齢の偏りを自覚できているのだろうか。

オタクに勝る

日本の音楽誌のカバー範囲は狭く偏っているという前提が共有されれば、偏り自体に問題ない。それぞれの分野で詳しければ良い。私の場合、KPOPやCPOP(中国ポップ)はオタク(詳しい方)は抑えてあるので、その方のシェアを参考にし、クィアアーティストはYouTubeが教えてくれるのでインタビューだけ海外音楽メディアを読み、ロシア・ウクライナはキュレーターがまだ見つからないので自分で掘る。そのジャンルのオタクに勝るジェネラルな音楽ライターはいない。音楽メディアは、なぜテーマやアーティスト毎にそれぞれの専門家であるオタクに依頼せず、固定のライターに頼むのか。ストリーミングによってアクセスできる音楽の選択肢が大きく広がり、音楽の趣味嗜好がより細分化されていく中、今までのようなジェネラルなライターでは、限界があるのでは。ジェネラルに幅広くやってきた音楽ライターの役割は、どこへ行くのか。音楽誌はどこを目指すのか。

チャートの歪み

ストリーミング再生のチート、音楽性ではなくアーティストの思想やビジュアルによる人気、Daniel WangがPeggy GouをインスタDJと揶揄したようにマーケティング力などによりチャートは影響を受ける。チャートが歪むのは仕方がないので、その前提でチャートの結果を受け取れば良い。音楽メディアは、チャートが歪む要因を分析したり、チャートから外れる良質な音楽を拾うことはできる。

アーカイブ

ストリーミングにより膨大な音楽アーカイブにアクセスが可能となり、過去の音楽も聴かれている。ストリーミング世代は、いつリリースされたか新旧を気にしていない。良いもの、時代やフィーリングにあったものが聴かれる。新譜のセールスを助けてきたラジオや音楽誌は、この流れに対応するつもりがあるのだろうか。レーベル・レコード会社は、この動きに乗れているだろうか。十分マネタイズできる貴重な資産を死蔵させていないだろうか。海外における日本のシティポップブームに乗り遅れ、機会を逃した教訓を生かせているだろうか。「2000年代に活躍した日本の女性Soul/R&Bアーティスト」をピックアップしたブログを書いたら、思いの外たくさん読まれて驚いた。ニーズが十分開拓されていないように感じる。
海外で聴かれている日本の音楽データも、私みたいな弱小ブロガーがやる前に、日本政府のクールジャパン・JASRACSpotifyなどが調査し、例えば海外ツアーのサポートなどできたのはないか。日本文化として海外にアピールするのに、きゃりーぱみゅぱみゅ・えなこ なのか。国がインバウンド・LGBTQ+施策としてやることが、出会い系ゲイバーのウェブサイトなのか。音楽業界も、国が何にお金を使って支援すればよいか迷って見誤らないように、先手を打って支援してほしいメニューを出すくらいしても良かったのではないか。

海外向け記事

データが示す通り、海外で長く聴かれている日本人アーティストはいて、アニソンだけでなくビジュアル系バンドの人気もも根強い。日本の音楽メディアは、海外ファン向けに日本人アーティストの記事を書かないのだろうか。英語にさえすれば自動翻訳の精度は高くなるので、英語圏以外の海外ファンも読むことができる。アジカンの南米のファンなど、あれだけずっと熱いファンでいてくれているのに、英語やスペイン語での発信が少な過ぎるように感じる。トップハムハット狂の配信にも、最初は多くの海外ファンが覗きにきていたのに、日本語だけだからと諦めて出て行ってしまい、来る人が減ってきているようでもどかしい。もちろん海外向けなら、紙媒体ではなくウェブ記事になる。紙媒体のみの音楽誌は、いつまで紙だけで頑張るのだろう。

みたいな話を、音楽メディアの人がオープンにディスカッションするのを聞いてみたい。

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