レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル @森美術館

話題のレアンドロ・エルリッヒ展、混むことは間違いないので、会期の早めにいかねばと思いつつ、もう2月。ようやく行ってきた。平日13時、混むというほどではないが、平日の昼間の美術館にしては人が多い。15時頃からは一気に人が増え、インスタ映えする『建物』は大混雑。夜遅くは空いているらしい(22時まで開館)。

注:以下、ネタバレあり。

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反射する港 Port of Reflections
最も感銘を受けた作品。暗いプールの中に、数艘のボートが揺蕩う。と見せかけて、実は水は無く、水に映るボートの像は反射ではなく彫刻。モーターで動いている。わかったときの、アハ体験のような心地よさ。感銘を受けたのは、彫刻の造形と照明。本物の水面に映る反射像は、見る角度で変化する。360度ぐるりと回れば、それぞれ違った見え方になる。ある決まった角度から見て錯覚するような作品はよくあるが、360度どこから見ても水面に浮いているような反射像を、彫刻で作るなんて、作り方を考えただけでも気が遠くなる。水面の波による揺れを表現した波型が、妙にアナログっぽい。暗くてほとんど見えないのだが、水面に映るオールまで細かく再現されている。造形するのに計算ソフトを使ったのか、すごく気になる。リアルに見せているのは照明の力が大きい。天井には無数のライトがあり、様々な角度から照らしている。下からも照らしているようだったが、光源は一つだけしか見つけられなかった。下の彫刻は水面の反射を表しているので、リアルな影が映り込んでしまうと、フェイクだとバレてしまう。2014年の同じ作品を見ると明るい環境なので、よりリアルを追求した結果、暗くしたのではないかと推測する。

Port of Reflections (2014), MMCA, Seoul, Korea.


教室 The Classroom
ガラスの向こうに廃墟化した教室があり、手前の黒い椅子に座ると自分の姿だけがガラスに反射して映り、ガラスを通して見える教室の像と重なることで、自分が教室にいるように見える。これも仕組みはシンプルだが、光の強さと角度、最適な反射率のガラス選びが難しそう。光が強すぎれば、黒い椅子も映りこんでしまう。反射率が高すぎれば、鏡のようにはっきりとした像になるので、亡霊らしさが出ない。

失われた庭 Lost Garden
来る前にインスタでたくさん見たのだが、体験してようやく理解できた。窓から中庭をのぞき込むのだが、向かいや隣の建物の窓、思いもよらないところから自分の顔が覗いていて、ビクッとする。鏡に映っているだけなのだが、単純に向かい側だけに映るのではないこと、鏡の境界線が全く見えないので騙される。アイディアだけではなく、細部の拘りにより錯覚が実現する。

エレベーター Elevator
エレベーターの内と外が反転した作品。中を覗き込むとエレベーターの昇降路になっている。これも単純に鏡が使ってあるだけなのだが、暗さが絶妙で、下をのぞき込めば奈落の底のような空間が広がっていて、上を見上げれば何十階上まで空間が伸びているように見える。やはり光のコントロールが凄い。
日立製エレベーター

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電車の窓に流れる風景を映したり、飛行機の窓に空から見える景色を映すような作品もいくつかあったのだが、残念ながらこちらはほとんどリアリティがなかった。我々は既に、薄い板に鮮明な映像が映ることに慣れてしまっているからで、70年前の時代に生きている人をタイムスリップして連れてくることができれば、電車に乗っている感覚を味わえたかもしれない。設置場所の問題もあると思う。先日鑑賞した岡ともみ氏の作品では、映像は非常に粗いにも関わらず、壁面映した窓の映像はとてもリアルで、窓の外の気配を感じさせるほどだったが、鑑賞する側の照明が暗く、閉鎖的な空間だったからだと思う。逆に、液晶に映ってるだけだと思わせて、実際に人がいたり風景がある方が今の人は驚くかも。更衣室や理髪店の鏡が、鏡ではなく壁がくり抜かれている作品は、鏡だと思った瞬間に向こう側を他人が横切るとビクッとするのだが、その前に仕組みわかってしまうことが多かった。空いていても、混みすぎてもダメなので、難しい。

レアンドロ・エルリッヒ氏 インタビュー映像
これが本当に良くて、『反射する港』の次くらい。要約すると、「リアルだと思っていたものがリアルでなかったという体験をすることで、日常の中でも(リアルだと思っているものが本当にリアルなのか)今までとは異なる見方をするようになる。」という内容のもの。単に私が美術の知識がなく、勉強不足なだけかもしれないが、芸術作品が鑑賞後の物事の見方を変えるところまでは考えたこともなかった。一切の説明なく、どんな年齢や国籍の人であっても、ただ体験することで"なるほど"と理解でき、物の見方を変えてしまう。芸術には力があると思っていたが、そんなことまでできてしまうのかと、甚く感銘を受けた。
 ・(技術革新により)リアリティの捉え方がこの100年、20年で加速度的に変化した。
 ・リアルの仕組みを科学技術により解き明かしてきた。
 ・物事のリアルさやノーマルという感覚や思考は人為的に形成されたもの。
 ・物事の秩序を変えるスキルが向上した。(VRで雪山やビーチに行けたり)
 ・時代とアーティストは無関係ではいられない。絡み合う。
 ・関与・記録・インタラクション・参加により、自分の存在を実感できる。
 ・人々は、ゲームの参加やインタラクションを強く求めている。
 ・誰もが主人公になりたがっている。
 ・作品を鑑賞したあと感覚が残る。
 ・普段とは異なる経験から、日常の事象を普段とは別の見方をする。
 ・(世の中は)リアルとアンリアルで構成されている。
 ・リアルの構成に私たちが参加する。
 ・(私たちの)振る舞いが、未来の現れ方を変える。
月は欠けているように見えるけれど、太陽の光が当たっていないだけ。学校でそう習ったから信じているけれど、実際に月に行って確認した訳ではない。リアルだと信じて疑わない日常も、『トゥルーマン・ショー』のようにフェイクかもしれない。自分が行動や発言をすることで何かが変われば、リアルな世界を実感できるし、関与することで何かが変わること、それがリアルだ。六本木ヒルズの展望台の窓から見える景色、地下鉄の窓の外、目の前で眠りこける女子高生としなだれかかる女子高生に迷惑そうな顔をしながら将棋の本を読む中年男性、もし全てがフェイクだとしたら?一度想像してみることで、逆にリアルであることへの愛おしさを感じた。